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大阪地方裁判所 平成4年(わ)3586号 判決

理由

(罪となるべき事実)〔略〕

(一部無罪の理由及び補足説明)

被告人らに対する平成四年九月二一日付け起訴状公訴事実第一の事実の要旨は、「被告人Bは、被告会社の業務に関し、前記罪となるべき事実第一記載の住宅を建築するに際し、大阪市建築主事から建築基準法六条一項に基づく建築確認を受けず、同住宅の容積率の制限に違反し、かつ、日影による中高層の建築物の高さの制限に違反したことにより、大阪市建築監視員から、平成二年九月三日付け命令書により、直ちに右工事の施工を停止することを命ずる工事施工停止命令を受けたにもかかわらず、右命令を無視し、そのころから同年一二月上旬ころまでの間、株式会社Cをして右建築工事を継続させ、もって、同市建築監視員の工事施工停止命令に違反した。」というものであるが、右の点については、被告人らは無罪であり、以下、その理由を説明する。

一  右公訴事実にかかる事実関係そのものは、関係各証拠により明らかに認められるところであるが、右平成二年九月三日付け命令書は、被告会社を名宛人とするものではなく、建築主A及び工事施工者株式会社Cを名宛人とするものであるところ、検察官は、右命令は、被告会社にもその効力が及び、右命令違反の罪が成立する旨主張する。

二  しかし、建築基準法九条一項又は一〇項前段に基づき、特定行政庁(及びその委任を受けた建築監視員)がなす行政処分は、当該建築物の建築主、当該建築物に関する工事の請賃人などの特定の者を名宛人としてなされるものであり、しかも、同条一項に基づく命令については、特定行政庁が、その措置を命じようとする者に対し、同条二項ないし六項所定の手続きを経ることを要求し、さらに、同条一一項は、特定行政庁が、なすべき措置を命ぜられるべき者を確知することができない場合の措置及び手続きについて規定しているのであるから、同条一項又は一〇項前段に基づく行政処分は、その名宛人とされた者に対してのみ、その内容である一定の作為ないし不作為を義務づけるものと解すべきである。

ところで、講学上、「その行政処分が、特定人の主観的事情に着目してなされたものでなく、その対象とする物件の客観的事情に着目してなされたと認められるような行政処分」を対物処分とし、その場合には、その行政処分の対象となった物件の譲受人など行政処分の名宛人以外の第三者にも一定の効力を及ぼし得るとする考え方があり、このような問題意識に基づくかのような裁判例(東京高裁昭和四二年一二月二五日判決・行裁例集一八巻一二号一八一〇頁)もあるが、右のような規定を持つ建築基準法九条一項又は一〇項前段に基づく行政処分につき、これを対物処分であるとして、一般的に、その名宛人以外の第三者にも、その処分の内容である一定の作為ないし不作為を義務づけるものと解することはできない。

三1  もっとも、行政処分の名宛人は、その命令書の表示により常に形式的に定められなければならないものではなく、その処分の経過や当事者の意思等を考慮し、実質的に決定することも許されるものである(実体に乏しい法人の代表者個人に対してなされた行政処分を法人に対するものと解釈するなど、大阪地裁昭和三九年七月二九日判決・下刑集六巻七・八号八八三頁の事案)から、前記Aらに対する命令をもって、被告会社に対する行政処分とみる余地がないか検討するに、関係の各証拠によれば、右Aは、登記簿上は被告会社の取締役とされているが、実質的には従業員かつ被告人Bの内妻であり、被告会社と右Aとの同一性か誤認混同されるような実態にはなかったこと、Kら本件処分の担当者も、右の実情までを知っていたわけではないが、やはり被告会社と右Aとの同一性について誤認していたわけではないこと(当該建築物の建築主を右Aと誤認していたにすぎない。)が認められ、このような点に照らすと、右処分を被告会社に対するものとみることはできない。

2  確かに、本件において、右Aらに対する誤った処分がなされたのは、被告人Bが、付近住民対策等のため、右A名義で建築確認申請をし、その後の大阪市当局との交渉も右Aが建築主であるかのように振る舞わせたことに起因するものであり、この点に、禁反言の法理ないし信義誠実の原則の適用の余地を認めるにしても、前記のとおり、被告会社と右Aとの同一性そのものには誤認はなかったこと、さらに、関係各証拠によれば、前記Kら大阪市の担当者は、本件建築物について、本件命令を発する以前である平成二年七月二三日には右Aの代理人であるNから、同月二六日には現地で従業員であるTから、右Aが建築主ではないかのような情報を得、同年八月三日には、被告人Bを建築主と表示した建築基準法による確認済の表示板を現地で確認し、一方、同月一日までには、現地の土地登記簿謄本を入手して、その所有者が被告会社であること、さらに、同月一三日までには、被告会社の商業登記簿謄本を入手して、右Aが被告会社の取締役であることをそれぞれ把握するなど、本件建築物の建築主は右Aではなく、被告会社ではないかと疑うべき相当の資料を入手していたにもかかわらず、被告人Bほか被告会社の関係者はもとより、右Aに対する直接の事情聴取などの調査を一切行うことなく、単に前記Nに建築主が誰であるか確認し、それを信用したにすぎないことが認められるのであり、これらの事情からすると、被告人Bが、本件建築物の建築主を右Aであるかのように装ったことのみから、本件処分を被告会社に対するものと解することは、やはり無理があるといわざるを得ない。

四  以上によれば、前記Aらに対する命令は、被告会社に、その内容である工事の施工停止の義務を負わせるものではなく、したがって、その不履行ということは認められないところ、建築基準法九八条の罪は、当該行政処分の履行を担保するために、その不履行に対し刑罰を科するという性質のものと解されるから、被告会社に右不履行の事実がない以上、被告人らには、前記公訴事実記載の犯罪は成立しないものというべきである。

なお、大阪高裁昭和六〇年一二月一七日判決(判時一一七九号一五三頁)は、本件とほぼ類似の事案について有罪の判断をしているが、その内容は、当該行政処分が被告人を名宛人とするものでないため、手続上有効に送達されていないことを問題とするものであり、本判決とは問題意識を異にするため、相反する判断となったものである。

(裁判官 山本恵三)

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